• 「聴くこと! 何よりも貴い、何よりも稀な、しかし、何よりも必要な行為。いのちの深淵をあかしてくれるのは、ただ沈黙だけである」


     


     貴方の言葉に出会ったとき、何十年と彷徨っていた私の魂は、カチリと音を立てて、呆気なく在るべきところに納まってしまいました。人智や悟性に無条件の信頼を寄せていた偏狭な私を、己にしがみつくことが自由であると頑なになっていた私を、我が身を利するすべてのものは偶然か己の力によって得たものと驕り高ぶっていた私を、それ故に腐臭を放ち膿み爛れていることに気付きながら為す術もなかった私を、貴方は事も無げに主に引き渡してくださったのです。
     一体、私に奇跡をもたらしてくださった貴方とは何者なのか。洗練された修辞や神学の権威、まして聖職につきまとう政治的配慮には一切の関心を払わず、ただひたすらに主を追い求めた貴方が遺した軌跡とは何だったのか。
     手に余るのは百も承知ですが、ほんの僅かでも貴方に近付きたいのです。その手段の一つとして思いついたのが、このブログです。
     神父様、気付いてみれば私も人生の折り返し地点をとうに過ぎてしまいました。時間も余り残ってはおりません。まして貴方の燃えるような知性と信仰からすれば、私のそれは湿気た藁束。貴方から頂いた火種をもってしても、立ち上るのは煙ばかりでしょう。それでも生前にあれほどの忍耐と寛容を示してくださった貴方なら、きっと付き合ってくださると信じて、この試みを始めたいと思います。
     ブログは不特定多数の方に読んでいただくことを前提したものですが、先の経緯から、このブログでは、貴方に対する問いと語りかけにすべてを費やしたいと思っています。敢えて誤謬は恐れません。誤りや思い上がりは、沈黙を通して貴方が正してくださるでしょうから。


     2007年1月29日 当ブログの筆者である中年親父の涼さん記


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